
04年に始まったコンテストは、米国での世界大会と並んで「世界一美しいニューハーフ」を決める催しとして知られる。地元タイをはじめ11カ国18人の参加者の中で「アピール能力が圧倒的に優れていた」(審査員)ことが受賞理由に挙げられた。
07年に続く2度目の挑戦で栄冠に輝いたはるなさんは、「日本では(性転換者は)今も変わり者と思われがちで控えめな人が多い。広く受け入れられているタイでは社会で活躍する人も多い。そのタイで優勝できるなんてうれしいです」と喜びを語った。Asahi.com
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タイ中部のリゾート地パタヤで31日、ニューハーフが美しさを競うコンテスト「ミスインターナショナルクイーン2009」が開かれ、日本から参加したタレントのはるな愛(37)が優勝した。主催者によると、日本人の優勝は初めてで、はるなには賞金1万ドル(約90万円)やトロフィーなどが授与された。
コンテストはパタヤにあるニューハーフのショークラブが主催。水着やドレスでの審査があり、多くの外国人観光客らも見物する人気のイベントとなっている。5回目となる今年は、タイのほか日本や中国、フィリピン、米自治領プエルトリコなどから21人が参加。最終選考に残った18人が31日夜、美を競った共同
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★はるな 愛(はるな あい、1972年7月21日)は、サンズエンタテインメント所属のニューハーフタレント、お笑いタレント、歌手、女優、実業家。エンジェル・ラブ株式会社代表取締役。
はるな愛
本名 大西 賢示(おおにし けんじ)
生年月日 1972年7月21日(37歳)
出身地 日本・大阪府大阪市平野区
血液型 O
身長 164cm
方言 大阪弁
最終学歴 高等学校中退
芸風 ものまね(形態模写) など
事務所 サンズエンタテインメント
現在の代表番組 あらびき団、魔女たちの22時
過去の代表番組 おネエ★MANS
他の活動 飲食店経営者
配偶者 未婚
公式サイト はるな愛オフィシャルサイト
来歴・人物
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(出典:読売テレビ(日本テレビ系)『情報ライブ ミヤネ屋』(3月6日放送)、自伝『素晴らしき、この人生』)
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物心ついた頃から自分が女性だと意識していたという。小学生時代から、女装してものまね番組などに出演。その際の字幕スーパーでは「大西賢治」(本来の字は賢示[1])と表示される。持ち歌は松田聖子の「Rock'n Rouge」など。1985年3月3日放送の『全日本ちびっこ歌まね大賞』(テレビ東京)では、森進一の「北の蛍」を歌って優勝している。
1989年、福井県の九頭竜湖で行われた英語学校の夏季キャンプ(小学生向け)で、未来派少年大西賢示としてリクリエーションにゲスト出演している。この際に、男子高校に通っていたことを話している。また、同年5月25日には大西ケンジとして「チャンス」でレコードデビューを果たしている[2]。
中学生時代はいじめに遭っていた。いじめっ子から避ける為に、ギリギリまで登校しなかったり、昼間は喫茶店にいたりしていた。また、いじめっ子から避ける為に、いじめから守ってもらう代わりに不良グループのパシリであったという。この経緯から勉強はほとんどしておらず、中学時代の成績は悪かったという。このころからニューハーフになろうと思っていたという。また、弟がはるなの箪笥の中身が気になり開けてみると、女性物のカラフルな下着が数枚入っているのを見つけたことから、弟はこの頃から、兄が女性になりたいという気持ちがあることは知っていたが、親には話さなかったという。
高校を中退後、しばらくして、1991年、ショーパブ「Tootsie」梅田店で働く。性同一性障害であり、ニューハーフとして働いていることを父親に告白。
1995年、大阪市・わだ形成クリニックにて性別適合手術を受け、身体的に完全に女性となった。しかし、戸籍上の名前は現在も「大西賢示」のままである。これは、「男性と結婚するまで大西賢示でいることが親孝行だ」からだという[3]。声に関しては、元々は女性アイドルの曲を原曲キーのまま歌え、話声も女性と同じ高さだった。しかし、度重なる酷使の為に声帯にポリープが出来てしまい、一時期声が出なくなってしまった。その影響により、かなりのかすれ声である。また、『上岡龍太郎がズバリ!』でMr.レディーに出演し、「家なき子」のパロディー版「玉なき子」で相沢すずの役を演じた。
1996年頃、春菜愛名義で、『快傑えみちゃんねる』(関西テレビ)にレギュラー出演。以後はアイドル系美形ニューハーフとして、テレビ番組のニューハーフ特集やものまね番組に顔を出している。また、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)などにも出演し、メディア露出が多くなる。素人扱いとしては、『ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャーこれができたら100万円!!』(テレビ朝日)のファイナル電流イライラ棒に一般のチャレンジャーとして登場している(チャレンジ中、アナウンサーから「実は男性です」と紹介された)。
1998年、東京のタレント事務所に所属、上京。DDTプロレスリングで世界初のニューハーフ・マネージャー・デビュー。この頃の芸能界はニューハーフブームが下火となっていた為にタレントとしての活動はほとんど出来ていない。だが、男性であることを隠して働いていたレースクイーンの仕事などで蓄えた貯金でスナック店を開業するなど、事業家として活躍するようになる(現在は、バー1店、鉄板焼き店を2店経営している。鉄板焼き店を経営しているのは、実家が以前お好み焼き店を経営していたことがきっかけ)。
2005年、MEGUMIが恥骨骨折で入院した際、病院で献身的に看病をしたことから野田社長の目に留まり[4]、サンズエンタテインメントに移籍。現在の名義に変え、タレント活動を再開する。
2007年、陣内智則・藤原紀香夫妻の結婚披露宴の2次会で#エアあややを披露、その場に居合わせた業界人の注目を集め、モノマネ芸人(あてぶり芸人)として活動するようになる。持ちネタは、松田聖子・松浦亜弥・島谷ひとみ・ビヨンセ・藤本美貴・ホイットニー・ヒューストンなどのモノマネと、横向けにしたVサインを目頭から目じりに移動させて「よろしくピース」などのギャグ。口癖は「言うよね」[5]。最近はそれを始めとして、いろいろな「○○よね」を言うようになっている。
2007年、『ミス・インターナショナルクイーン(MissInternationalQueen)2007』(ニューハーフ世界のミスコン)に出場し、第4位になる(このコンテストにでるため、審美歯科的治療をしている)。
2008年、下半期頃から大ブレイク。骨髄バンク職員の役で舞台『IMAGINE 9.11』に出演。
2009年、1月3日に放送された『週末のシンデレラ 世界!弾丸トラベラー』(日本テレビ系)にてパスポートが映った場面で、一部ぼかしがかかっていなかったため1972年7月21日生まれであることが発覚した。この事実を2009年1月20日発売の『週刊女性』(主婦と生活社)ではるな本人が認めた(下記を参照)[6]。
2009年、『ミス・インターナショナルクイーン2009』に再挑戦し、優勝した。前哨戦である『Angel of Talent contest』でも優勝し、2冠に輝いた。日本人の優勝は初めてで、賞金1万ドルを獲得。




